こんばんは。

つまらないのが嫌いで面白いのが好きなSHOWです。

 

基本的に面白くない人とは一緒にいないのが人生をより楽しく生きるコツだと
信じてやまないのですが、敢えてつまらない人間ともつき合ってみる時間を
作ってみるのも一興かなと20歳代は様々なタイプの人と時間を過ごしてみました。

 

さて、面白い人というのは一緒にいたり、話をしていて、
僕が知らない事や経験を聞かせてくれる人、
一緒に同じ目標に向かって語り合い、
不毛な話で終わらず実行に移す具体的な
キャッチボール的な会話、ラリーが続く人。

この時、会話のスピード、テンポが遅い人とはちょっと話が合わない。

 

というのは一つひとつの発言に考え込んで止まってしまう人だと、
もうリズム感がなくて厳しい。会話にはタイミングやリズムがある、
そこを外してしまう、もしくは質問した事に何も応じないなどの
タイプの人間とは話をするだけ時間のムダになる。

 

時間のムダで済めば良いが、気分も害する可能性すらある。
当然、リズムは人それぞれ違うので合う合わないは当然ある。
気分を害するようなヤツと一緒にいる時間は極力減らそう。
我慢しちゃあいけない。

 

お前と一緒にいると反吐が出そうだと目で訴えかけて、
次回は無い!という顔をしてオサラバしよう。これで快適ライフが始まる。
問題はそんな合わない人と我慢して一緒にいて話を合わせなくてはならないのか?
という事であり、早い話が特段、長い人生において重要度、
優先度が低ければサクッと距離を置くのが良いのではないかと。

 

なんとなくのお付き合いや、惰性で何かの会合に参加し続けるのは
貴重な時間を失う可能性が高い。
起業あるあるなのだが、なんか『お仕事欲しいです』ムードで
異業種懇談会やら様々な商工団体の懇親会に参加しているケースについて疑問がある。






... "人生の時間は有限。人脈は広げるべきか、掘り下げるべきか。" を続けて読む

こんにちは!

 

いつもどうも!SHOWです。

 

最近、若い18〜24歳ぐらいまでの学生や社会人と話す機会が増えて、色々と感じるところがあるので、
ちょっと真面目に『コミュニケーション』について考えて今29歳の俺の考えをここに記そう。

 

まずその前に、俺が物心ついた幼少期から今に至るまで、
どのような性格であったか。
今のように誰とでも普通にフラットに、
時にふてぶてしく思われてしまうような堂々とした態度で、
スパッと断言、言い切る性格であったか。

 

それはまず違う。

 

俺の場合、2月17日の早生まれという事もあり、
小学生低学年ぐらいまでは常に同じ学年の友人より
物事や言葉の意味を理解するのが遅く、
身体のサイズだけは基本スペックとしてデカかったので、
ただの木偶の坊の頭の悪い少年に過ぎなかった。

 

ただ、小学校低学年ぐらいまではそこそこイケメンだったので、
周りにチヤホヤしてくれる女子たちが色々と教えてくれたり、
助けてくれたので、クラスで公文式に通ってるような
ちょっとデキる小賢しい男子児童にはいじめれる事もあった。

 

ちょっと漢字が書けない、算数がわからないだけで相当嫌味を言われたりもしたが、
この女子達と仲良くしているからが原因だとはその時はわからなかった。

要は全くいわれはない、悪気はないのになぜか嫉妬されてると。

 

もちろん、そのいじめてくる男子児童たちよりも、
俺自身が常に高身長で圧倒的にイケメンであった事は、
当時の頭の悪い俺でも理解していたので、
そうかこれが嫉妬の原因かという心理的な部分を推し量る能力は
徐々に開花していったのを記憶している。

 

当然、考えを綺麗に言葉で伝える能力はまだなかったので、
言葉足らずで誤解される事も多く、むしろ相手をさらに怒らせる
天才的才能も秘めていた。

 

ブスでデブな女子児童を泣かせるのはお手のもので、
バカな男子児童の罵倒ぐらいでは傷つかない怯まない女子児童も、
俺の一言で泣きじゃくり怒り狂う様は何度かあった。




... "コミュニケーションの難しさを痛烈に感じて悩む若者たち。" を続けて読む