こんばんは!

SHOWです!

 

最近、自殺願望者をまとめてエグゼキュートしたサイコパスが
神奈川県の座間市にいた事件
が起きて、マジで詳細が明らかになる程、
気持ち悪さが増すので知り合いの中にはそのニュース情報でかなりグロッキーになってたりと社会を震撼させてますよね。

 

まぁ、Twitterなんか見ているとFacebookなどのSNSとは違い、
自分の趣味嗜好の人間をツイート検索して見つけてフォローしたりしているので、
悪用しようと思えば結構できちゃいます。

 

何せ、情報弱者が他人のツイートに影響されまくってくれるワケで、
顔も素性も明かさないユーザーに対して、教えを乞うような形で、
先生や救世主扱いしてるんだから。

 

ちょっと発信力があったり、バシッと己の意見を持ってるユーザーが
それっぽい事をツイートしまくって、そこそこのフォロワーがいれば、
素人の情報弱者からしたら、それだけで信用に足る、
教えを乞う存在として崇めてしまうよな。

 

そもそも、俺は自殺、自死願望がまるでないので1人で自ら死に場所を
探すなんて事はない為、まるで自殺願望者に対して共感力ゼロなんだけども。

 

誰かと一緒に死にたい感じなの?
誰かに殺して欲しい感じなの?

 

なぜわざわざツイート見て、ダイレクトメッセージ送って、
死に方聞いたり、死に場所教えてもらって、会いに行くのかな。

 

不謹慎な話、もう死ぬ気であったなら特に現世に未練などないから、本望だったのか。
逆に恐怖を感じて殺される直前に生きたいと思ったのかはもはや誰にもわからない。

 

しかし、この事件の重要な事は、今この時に死にたいと思っている自殺願望者
とやらが、Twitterで死に方聞いてホイホイついて行ってしまうとバラバラに
されてヒトの形を残さずに誰が殺されたのかも特定できない状態でこの世から
消されてしまうから気をつけろや。って事であり、自殺願望者のその願望は
利用しようと思えば、サイコパスにとっては絶好のカモであり実験台と
見えたのではないのかと思う。

 

僕は福島県に住んでいるから、福島県の女子高生までが被害者になっている
可能性があるとちょっとマジかという親近感めいたものがあって、
余計に気持ち悪いんだけどさ、群馬だの福島から女子高生がわざわざ
神奈川の座間まで行くって余程だよ。もうガチで死ぬ気だとしか思えないけどね。
たとえ殺されなくても、相手が男だとわかっていたならレイプぐらいは
されて山に捨てられるだろうと言う想像力はあるだろうに。

 




... "ニンゲンはそもそもなぜ自殺願望を抱くのか。" を続けて読む

こんばんは!

 

mixiにTwitterにfacebookと時代を追うごとに一応SNSを使っているSHOWです。

 

SNSって今では結構当たり前のように若者でもオジ様でもとりあえずアカウントぐらいは持ってるって時代になってきたが、
俺が高校生ぐらいの時は全然そんな事なかった。

 

あの頃は『グリー』『mixi』の国内SNSの2強が全盛期だったが、
実際当時はそんなに面白いかコレ?ぐらいのもので、
ユーザーも招待制だったりとまだまだマイナーな感があって、
2チャンネルとかみたいな掲示板と個人ブログやホームページの合いの子って
具合で、あんまり機能もなかったりと好きな人は好きだろうなぐらいに
しか感じていなかった。

 

そのあと『前略、プロフィール』とかのようにさらにごっそり機能を簡略化した
自己紹介ページ機能のみ有したサービスとかもあったりと、
ガラケー時代のSNSはまぁ学生の間では流行っていた中で、
2008年ぐらいからやけにラジオとかでも『Twitter』という言葉が出始め、
テレビでもリアルタイムでもつぶやきを掲載するような事が起き、
ラジオリスナーの投稿を携帯端末を通して気軽にやる面白さがあった。

 

世の中、ほとんどの人が自分自身の事を世間に露呈するのなんて
恥ずかしいわと思ってるので、友人や知人に勧められてアカウントだけは
作ってるけど、ほとんど見ない、もしくは自身の書き込みは無しで、
友人・知人が投稿している近況を見るぐらいという利用方法だろう。

 

そんな中でよく言っていたのが、SNSに書き込む際に、
文章力がないとかを気にしてやらないという人。
いや、そんなの気にすんなって。

 

文章力ない=頭悪そうと思われるのが嫌なだけでしょうが、
書きたいと思えば書けばいい。結構シンプルな話だろう。

なぜか物事を難しく考え過ぎる人にとってはSNSは苦痛の産物のようで。




... "俺がSNSを使い始めたタイミングと理由。" を続けて読む