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1997年8月、親父と家族として過ごした最後の夏と結婚とは何かを考えた。

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こんばんは!

 

2017年もお盆ですね。
夏が終わればあっという間に年末が訪れます!

 

皆さんは今年の目標の進捗状況はいかがでしょうか?!
予定通りに進んでますか?遅れてますか?
それとも予定は未定ですか?笑

 

さて、今回はたまたまお盆時期に仕事で東北巡業をしているので、
岩手県にある親父の実家である、要は俺からすると父方のじい様の家から、
お送りします!

 

なんだかんだで、この田舎にお盆シーズンに来るのは久々で20年ぶり。

 

1997年までは生まれてから毎年数回は必ず遊びに来る場所でしたが、
97年夏に妹と一緒に夏休みのお盆までの数週間この岩手県に預けられたのを最後に、
社会人になってからの2007年まで丸10年ブランクがありました。

 

2007年に来た後は2009年春、2010年秋、2011年正月、2012年晩夏、
2014年冬、2016年初夏、そして2017年夏の今回で、この10年で7回。

 

東北地方にはでっかい代表的なお祭りが8月上旬にある。

各地で多くの花火大会もありますが、今回はまさにその時期に来ていたので、
この田舎の敷地内から街で開催されてる小さな花火大会を観る事ができた。

 

懐かしいなぁーとノスタルジックな感じで田舎の匂いを感じながら夏らしく、
父親の兄貴やいとこと話をしながら花火観賞。

 

そう、21年前、普通の4人家族であった頃から、
突如、母親が出ていき一人暮らしを始めたところから、
我が家はもう通常の家庭ではないのだなと感じていた。




父子家庭の限界。母子家庭の始まり。
父親と妹との3人暮らしが始まり、朝早くから夜遅くまで働く当時29歳の父親、
小学3年生の9歳の自分と保育園に通う5歳の妹。

当然、家事はままならないのでホームヘルパーさんを雇って、
洗濯と掃除と食事の用意をしてもらっていた。

 

そんな生活が数ヶ月ちょっと続いたある時、
父親とは一緒に暮らせなくなる事がにわかにわかっていた。

 

夏休み前に学校の転校も決まり、父親と家族として過ごす最後の夏のはじまり。
よくしてくれていた数人のホームヘルパーさんともお別れ。

 

夏休みはお盆終わりまで岩手県で過ごす事になり、それが終わると同時に父親と暮らしていた家を出て、母親と新しい生活が始まり、夏休み終わりの新学期からは新しい学校での生活が始まるというモダンでキューティクルなストーリー。

 

今思えば、29歳にしては両親ともになかなかドラマチックで
エキサイティングな濃厚な時間を過ごしていたのだなと尊敬に値する。

 

父親も新築マイホームを建てて3年程度で、その家を捨てる事になり一人ぼっちになるとは思ってもいなかっただろうし、母親も一人で2人の子どもを育てる予定など考えてもいなかっただろう。

 

30歳からの2人の人生を見ているとそれぞれ激動の30歳代を過ごしていたので、
自身が社会人になってから出会う、先輩や上司、年上の人の20〜30歳代を見ていても、なんだかヌルい連中だな。これが大人なのか?と思っていた。

 

どいつもこいつもガキみたいな大人ばかりで、
20歳代に家庭を築いていない大人はロクなのがいないと確信した。
全然社会を生きるピリピリ感がない、緊張感がなく、
腑抜けた無能な連中ばかりだなと。

 

世の中には
社会に文句を言いつつも他人に依存して正論を唱えて満足して生きる者

 

 

全てを自己責任と考え他者にも機会を与えながらチャレンジして生きる者
がいると感じた2006年。




 

社会はこんなにも堕落した大人たちで構成されている

 
学生時代、様々なアルバイトをしたが、世の中の多くの人が求める『正社員』という
待遇がそれほどまでに良いモノだとはまるで感じなかった。

 

そこで文句を言うのならば辞めて自力で生きれば良いのに、
何も動かない大人の多さに絶望。
大丈夫か?こんな大人たちで社会は構成されてるのかと。

 

1997年当時30歳、父親もすぐに再婚したし、母親も女手一つで育てるにあたり、お水の世界で酒を呑んで身体を壊しながら働いていたが、最終的には約6年ちょっとの母子家庭生活から再婚した。

面白い事に同い年同士で結婚していた両親は離婚後、
共に10歳近く年下の相手と再婚している。

 

 

そんな事で両親の人生は一つの反面教師でもあり、今でも二人の人生のその時々の年齢に己を重ね合わせるとまだまだチャレンジが足りないなと思い反省する。
人生はもっとアクティブに破壊的に20歳代をジェットコースターのように楽しめるはずだと。
(大学に行ってる時間ってほとんどの人が経験を生かせず無駄にしているぐらいだったら、結婚生活を一度してみるのもアリだぜ。学校では教えられない社会勉強になる。)

 

今、離婚から20年経って父親も母親も現在は全く逆の道を歩んでいるところを観ると、離婚の原因は実は母親にある事も、小学生後半戦から母親と暮らしていてわかっていた。

それは父親に容姿性格共に似てくる俺を見て、
段々と過去の怒りを俺に向けるようになってきた。
そのあたりから母親との確執は生まれていたが、
母親が再婚した後からはそれが新しい旦那とさらにエスカレートしていった。

 

新しい旦那とはソリは合わない。
こちらは15歳、旦那は当時28歳。

 
年齢が近すぎるのと父親とかけ離れた落ち着きのない性格だった。
残念ながら尊敬する事はできず、父親として認める事もなかった。
あくまで母親の旦那であって、ここに血縁関係も親子の絆もない。

 
下手すると俯瞰的にモノを見て話す俺の方が間違いなく正論を吐けるので、
最終的には言葉ではなく、力が全てを支配する『北斗の拳』のような家庭環境になっていた。

 
ただ、逆に考えれば今の俺がその旦那と同じ年齢で同じような環境になったとして、15歳と11歳の他人の子どもを愛して息子だ娘だとして扱えるかは難しい。
それでもなんだかんだと高校卒業までは衣食住を支える為に働いてくれた事は感謝しているが、その感謝以上に様々な疑念と裏切りに対する怒りの方が大きいのも事実。




 

母親の女狐感。悪女感。小悪魔感。
天然とは恐ろしい。女は危険だ。

2015年、そんな旦那とも11年ちょっとの結婚生活でピリオドを打った母親。

俺は再婚する時に言っていた。
『絶対に離婚する事になるからやめておけ。俺はいずれ出て行くからいいけど、ここで結婚した場合、のちに離婚しても面倒は見ないからね。』と高校1年生秋に話した。

11年の時を経て本当になってしまうのだ。
結婚当初は暑苦しいぐらいにラブラブだったのだから、
母親の恋愛体質事情もパターン化してるから予測しやすい。

バツも1つぐらいだと箔がついていいが、
2つ目がつくとヤバい奴というレッテルになる。

結婚未経験者より、バツつきの経験者の方が人生の深みを知っているので、
当然責任感なども最低限あり、パラサイトニートとは比べ物にならないぐらい
子どもを産み育てると言う社会貢献もしていると断言できる。




離婚とは悪い事なのか。違う。良い悪いではない。
なので、離婚は悪い事ではない。
人生の選択肢の一つに過ぎない。
もはや世間体など気にする時代ではない。
結婚は結婚してみないとわからない事がたくさんある。

 

子どもが産まれたら当然、恋人関係であった頃とは環境が全く変わり、
男と女ではなく、父と母になる。

 

全てにおいて優先順位が変わった時、この二人の男女はどうなるか。
男も女も多くを我慢しなければならない事が発生する。
それは若く人生経験が浅ければ互いを許せなかったり恨むのだろう。

 

無理に夫婦関係を続ける事が子どもの為になるのか。
そもそも、子どもの人生と親自身の人生を天秤にかけた時、
一人の人間として、子どもに人生を奪われて、
親の人生を犠牲にして良いのかという考えもある。

世間は子どもが可哀想だの、親としてダメだの言うのは簡単だ。
必要なのは断罪ではない。
断罪しても離婚は犯罪ではないので、解決に至らない。




失敗を許容できるか?そう考えると特に問題はない。
ふーん、それで離婚って美味しいの?ぐらい。

失敗する事もあるのが結婚であり、男女が共に家庭を築くと言う事であり、
ダメだった時は結婚を解消して堂々と離婚して良い環境を作る事。
そして次の新しい人生を進めばいいだけ。

結婚は人生で一度でも二度でも三度でもすれば良いと思う。
自由だ。101回目でうまく行く事もあるのだろう。

それを皆さん、真面目なフリして綺麗事を吐き始める。

おやおや、

お宅のご家庭は無問題ですか?本当に?何もないと?
他人の家庭を笑って監視して評価している場合ではないのでは?

と言うゴシップ好きには堪らないツッコミを入れていこう。
残念だが、ハッキリ言って結婚には向き不向きがある。

 

『内助の功』だの『アゲマン』だの言うが、
そうゆう女性がうまく男性を立てて出世させると言うのは簡単な話ではなく、
結果論でたまたま相性良く運もあってうまく言ったと事だろう。
世の中、結果的にうまく行った事を最初から仕組んでいた的に美化しすぎなのだ。




家庭環境が悪いと子どもがグレると言うのは
短絡的思考者が編み出した虚言に過ぎない。

さてさて、離婚した場合は子どもの事が気にかかる。
親権は基本的には母親に行くもので、父親が親権取れるのは余程母親側に問題がある場合でないとありえない。

 
そのぐらい、幼少期〜大人になるまでの間に母親と暮らす事が重要視されている。

 

ここで一つ、母親と暮らすと必ず良いのかと言う問題。

ウチの場合は母親が兎に角、モテまくるのでいろんな男性が変わりがわり自宅に遊びに来ていた。
それも皆、年下という事もあり、なんでこれまた皆ちょいちょいイケメンの年下ばかりにモテてくるのかと思春期ながらに感じていた。

 

逆に年上のオッサンとかが来る事はなかったので良かったが、やってくるのはみんな若い勢い溢れてる人ばかりだったので色々と話を聞くのも面白かったが、普通の子どもだったら離婚しているとは言え母親が父親以外の男を夜に連れてくる、日常的に普通に居るというのは嫌だろう。

 

このように、たまたま出会いの多い母親であったからこそ、いつ再婚してもおかしくはない状態だったが6年以上は母子家庭状態を自力で貫き続けたが、やはり母子手当などでは金のかかる子ども2人を育てる費用を補填するには足りない状況もあったのだろう。




母子家庭に支給される母子手当費は
思っている以上に少ない。

 

社会保障費にも限度がある、無尽蔵に増え続ける母子家庭を変わらない額の母子手当費を充ててはもつまい。

 

これにより、さらに社会の貧困格差は生まれて、見えない貧困の代表例となるのが現在の母子家庭だろうが、母親はその前に再婚する事で最低限の生活を守る事を優先した。

 

やはり夜の世界で酒を呑み続ける仕事を容姿は若くて人気はあっても、
いつまでも続けられる仕事ではないと限界を見たのだろう。




当時9歳、現在29歳。20年の時を超えて人生に
正解や間違い、もしもなどないと改めて確信する。

そんな回想を20年ぶりの盆の岩手で花火を観ながら、
自分の年齢があの時の両親の年齢に達していたので重ねつつ考えてみた。

 

社会人になって10年ぶりに訪れた2007年。
最後の9歳の時から19歳になって突如やって来た初孫の俺を見て、
息子の親父と間違えていたばあ様。

 

クチの悪いじい様もこの時は『なんでココに来た!お前はもう髙橋家じゃないから門を潜るな。久々に顔を出すなら100万円以上積んでこい!』と10年ぶりにあった孫に言うのだからキレッキレのじい様だ。

そんなじい様もその時の帰りの別れ際には『気をつけて帰れよ、また来いよ。』と言ってくれていたので、なんだツンデレじゃねえかと。笑

あれからさらに10年経ち、このばあ様は現在はひいばあ様になっている。

ただ、これだけ何度も訪れていても、
父親と一緒にここに居る事は20年前を最後に一度もない。

たまたまだが、常に互いに違う時期に来ており、
当然父親側も現在の家族と一緒に来ている。

 

もはや俺や妹といた時間よりも、今の奥さんや子ども達との生活の方が倍以上に
長いのだから、こちらは過去の存在だ。

 

今の奥さんと子どもがいるところに俺が居て、誰も良い気分になる事はない。

そこに茶を濁す必要もない。






 

20歳代は大人の第一歩。多くの経験を積むのが最優先。
失敗は財産になる。

 
20歳代はいくら失敗しても30歳代苦労するだろうが、
40歳代がさらに楽しそうだと希望がある。

 

母親は未だに好き勝手やっている。
楽しそうに50歳代突入を謳歌している。

父親も好き勝手にはやっているが、
それはちゃんと家庭を守った上で充実しているようなので、
そちらを優先してもらえば良い。

 

離婚というのは必ずしも子どもを不幸にするものではなく、
親の人生を見せるという上ではとてもリアリティーがあって学びが大きい。

 

安定的で平和な家庭であったら、俺は今このような生き方をしなかっただろう。

敢えて世間を疑い、当たり前を危惧し、
社会に対するアンチテーゼとなり、クエッションを投げかける。

 

大人が子どもを縛っては行けない。
子どもはフリーダムであり、大人より自由な存在だ。
子どもの方が実は正しい事を言っている場合は多くある。

 

今、母子家庭にある母親、子ども、独り身になってやる気を失っている父親など、
様々な家庭のカタチと崩壊後の姿があると思う。

 

だが、重要なのは子どもは黙っていても時が経てば育つ。
親の生き様を見せる事の方が子どもは多くの影響を受ける。

 

塾へ通わせて勉強させる事でも大学に行かせる事でも学べない、
自ら生きる道の選択肢を、自分で選び進む力をつけられる
生ヌルい現代社会で唯一の方法だと考える。

 

だから、親は子どもが言う事聞かずとも自暴自棄になったり、
諦めたりせずに頑張ってほしいものだ。






日本はまだまだ使い倒せる。使える制度は使えるうちに。

母子家庭などに行政は冷たい。
税金でメシを食らう温室環境にいる行政の人間には
想像もできない世界を渡っているので価値観と視野が違い過ぎる。

 

悪意ある職員もいるので、そうゆう悪徳役人には『るろうに剣心』風に言うなら
『天誅』ならぬ『人誅』を下しても致し方ない。

 

本来権利として利用できる制度も教えないし使わせようとしない。
国民の権利として知恵をつけて戦うしかない。

 

友人の母子家庭の母親は実にハングリーで図々しくなんでも
『この費用は出ませんよね!?笑』と行政職員にアレコレと質問攻めしていたが、
学生当時普通に素晴らしいと思った。

 

ほとんどの母子家庭の母親はここまでしない。言えない。
でも言えば道は開かれる。

 

ここまで主張して攻めれば、行政も水際作戦で食い止める事はできないのだと。
生きるか死ぬかの世界の話に行政が止めに入るのはおかしな事。

 

俺の知る行政職員はこう言っている。
『生活保護者が増えたら自治体として見栄えと印象が悪くなる。だからダメだ。保護しなきゃならない可能性のある奴は呼ぶな。』

 

この自治体は現在生活保護受給者ゼロだ。人口比率としてもゼロだろう。
これを維持する為だけに自治体行政の名誉の為に言うのだから鬼畜っぷりもすごい。

 

使える制度はガンガンいこうぜ。で使わなきゃ損だ。
誰に後ろ指を指されようが良いじゃないか。
直接的に迷惑を掛けている訳ではない。

 

所得の再分配に過ぎないだろう。
間接的に税金を配分しているだけ。
関係ない。
噂などさらにどうでも良い。







この20年で圧倒的に特殊環境で育つ子どもが増えた。
この世代が大人になっている。
さぁ、吉と出るか凶と出るか。

綺麗事に意味はない。
既得権益でぬくぬくしている奴らは多いが、
必ずこの社会的弱者達の中から破壊する者が誕生する。


カネへの執念を持つ者もいるだろう。

成功への執念を持つ者もいるだろう。
社会への怨念だけを糧に生きる者もいるだろう。

一般論を掲げて、正論を振りかざしたとしてもそれは響かない。
一般人が経験した事のない世界を見てきた人間に一般論はヌルい戯言に過ぎない。
ハングリー精神が違うのだ。

 
多くの情報を手に入れ、自由に発信、拡散でき、
ネット上で仲間を増やせる環境が、この20年で劇的に揃った。
(俺が小学生の時はポケベルから携帯電話へ移行しつつある頃で、
学生が持ってるのもアステルのPHSとかだったぞ。)

もはや学校教育なども不要なんじゃないかってぐらいに。

不登校なども逆に教育レベルの低い学校に行くぐらいなら
ネットを介して学んだ方が時間効率も良い。

わざわざ金太郎飴をつくり個性を潰す日本教育の枠にハマりに行く必要すらない。
唯一学校に通う経験で役に立つ事があるとすれば、
リアルで共に育つ友人ができる事ぐらい。

また個性を伸ばせる教師がいた場合は幸せだろうが、
ほとんどの場合、現在の教育機関では実現できない。

 

むしろ学校は子どもが死ぬリスクを孕んでいる場所にすらなっている。
無知で無能な大人に教育される事ほど最悪な事はない。

 

 

古い考えに洗脳されに行けば、マインドコントロールにかかり、
自力で生きる力を奪われて、時間だけが過ぎ無防備な状態で
社会に放り出されるだけだ。

 

その無防備で打たれ弱い若者達は時間と人生を搾取されて
負けた者は自ら死んでいく。

死んだような生活をしていた奴等が一番危険だな。
俺の知る限り、死をも恐れぬ、すでに死んだ気の奴らは失うモノがないので、
大義の為なら何も恐れずなんでもやる。

 

無駄死にはしないが刺し違えはするだろう。

 

ノンリスク状態の弱者を敵に回すと、
人ひとりぐらいの人生など余裕で全てを奪われる。

と言う事でキンチョー夏。日本の夏。を楽しみましょう!

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